130th ANNIVERSARY

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三菱地所設計創業130周年記念 丸の内建築図集 1890 - 1973 三菱地所設計創業130周年記念 丸の内建築図集 1890 - 1973

三菱地所設計図面のアーカイブズとしての意義とその可能性

三菱地所設計図面とは

三菱地所・三菱地所設計は、三菱社時代の1890(明治23)年に払い下げを受けた丸の内エリアに建設した「第1号館」(ジョサイア・コンドル[1852 - 1920年]設計、1894[明治27]年竣工)以来現在に至るまで、同社が手掛けた建築に関する図面や文書を保有してきた。三菱地所設計図面とは、これらの丸ノ内建築所(1890年設置)時代から現在までに作成された図面を指す。このうち、三菱地所設立(1937[昭和12]年)までに作成された図面は「古図面」として管理されている。古図面は主に和紙に墨書きのもので、14,000枚に及ぶ。これに現 在までの図面を加えると、総量は相当数となる。コンドル設計の「岩崎家住宅」(1896[明治29]年竣工)や「第1号館」などの237枚の図面と、大量の建築関係の外国語文献および写真資料の一部については、公益社団法人三菱経済研究所付属の三菱史料館に寄託されている。

三菱地所設計図面の資料的価値

近代建築に関する資料は、近代建築史研究の進展に伴い、研究者などにより部分的に収集されてきたが、ある組織体や活動に関する資料が包括的に収集・保存された近代初期の事例は、そう多くはないと考えられる。1905(明治38)年10月には建築学会(1947[昭和22]年に日本建築学会に改称)において明治初期の資料を収集することが決議されているが[1]、一次資料が収集されたかどうかは定かではない。1936(昭和11)年には、建築学会50周年記念事業として開催された記念展覧会において、1886(明治19)年から1935(昭和10)年の間に建設された代表的な建築の写真が収集され展示された[2]。展示のために収集された631点の写真はガラス乾板に複写され、現在は日本建築学会図書館に保管されている。資料群として収集・保存された事例としては、コンドルの図面資料がある。1920(大正9)年のコンドルの没後、作品集出版のために図面資料が集められ[3]、その後、所有者に返却されたものを除き、古市公威(1854 - 1934[嘉永7 - 昭和9]年)により京都帝国大学(現 京都大学)建築学科に寄贈された。寄贈後は建築教育や研究のために活用され、現在は京都大学工学研究科建築系図書室所蔵である。本来であれば施主などの元にあったはずの図面が、出版を契機に収集され、その後ほぼ一括して保存が図られたという、近代建築資料がアーカイブズ化された早期の事例と考えられる。戦後には、関係者や事務所、遺族などが保管した後に、公文書館、図書館、大学、日本建築学会などの公的・専門機関に寄贈される資料群も見られるようになる。

三菱地所設計図面は、企業自身が保管・管理する機関アーカイブズの一部である。ゼネコンや大手組織設計事務所が所蔵する資料は、後述する活用の難しさもあるが、清水建設や竹中工務店などに見られるように、その一部が整理・活用されている例もあり、近年ますますアーカイブズとしての重要性が認識されつつある。

三菱地所設計は、近代以降に民間が設立した建築設計組織で現在に続く組織設計事務所として、日本で最も歴史が長いもののひとつとされる。130年にわたって設計活動が継続されており、現在も資料は蓄積され続けている。そもそも建築に関わる資料の状況は、単純に現用文書から歴史資料になるという一方向的な変化を辿るわけではなく、実用的な価値と研究的な価値が渾然となったまま使用され、継承されていくことが多い。三菱地所・三菱地所設計においてはまず、建築主としての建築管理営繕のために図面が必要とされ、また既存建築の改修設計の際にも使用されてきた。「三菱一号館」復元(2009[平成21]年竣工)の際にも、旧「第1号館」の図面資料や解体時の調査・部材等を使用して検討が行われている[4]。このような使用と蓄積の結果、当該資料は三菱地所・三菱地所設計という組織における設計活動の根拠であると同時に、近現代建築史の歩みを裏付ける資料となったと言える。

[1]『建築雑誌』230号、1906(明治39)年2月、p.4
[2]これらの写真のうち、明治・大正期の写真250点は同年『明治大正建築写真聚覧』(建築学会、1936[昭和11]年)として出版された。
[3]コンドル博士記念表彰会 編『コンドル博士遺作集』、1931(昭和6)年
[4]野村和宣「三菱一号館〈明治時代の煉瓦造建築を蘇らせる忠実な復元〉」(『生まれ変わる歴史的建造物』日刊工業新聞社、2014[平成26]年、pp.99-161)

三菱地所設計図面のアーカイブズ化とその可能性

近現代建築資料をアーカイブズとして扱う取り組みはまだ日が浅く、法律的な枠組みも十分でないため、さまざまな課題がある。建築に関する企業アーカイブズの保存と活用についても、いくつかの課題が考えられる。ひとつは、資料の評価選別の問題である。法律で定められた保存年限を超えた後に、どの資料を残していくべきかは、日々業務に関わる大量の資料が蓄積されていく機関アーカイブズにとって、大きな課題であろう。また、企業とは基本的には利潤追求の組織体であるため、利潤に直接は関係せず、さらに保管管理に費用のかかるアーカイブズ維持に対しては、積極的な取り組みが期待しづらい。このほかに、活用に関する課題もある。建築資料の性格上、発注者や施主との契約や、使用者への配慮などから、第三者に公開するのが難しい資料も多い。近現代建築資料を巡る権利に関係するステークホルダーは複数にわたる 場合が多く、資料や建築の内容や性格、時代によってもステークホルダーは変わってくる。

アーカイブズ保存の際に重要なのは、所有者自身や残そうとする主体にとっての価値判断である。企業の機関アーカイブズにおいては、まず、資料を所蔵する企業自体においてその価値が認識される必要がある。そして、資料の活用が企業の理念や業務内容に直接・間接的に関係し、広い意味において企業の利益に寄与することが望ましい。企業内において資料を積極的に活用しようとする意志があることで、企業理念や業務内容との連関が生まれたり、その価値が再発見されると考えられる。

三菱地所設計においては、2012(平成24)年に企業内の有志によって「古図面研究会」が組織され、古図面の調査分析を行っており、その成果は社内報やHP上で共有されている[5]。社史や建築記録の出版に加え、外部の教育機関や研究において資料が限定的に活用されることもある。130年にわたって丸の内における街づくりを担ってきた三菱地所・三菱地所設計は、1990年代より開発において歴史的建築を活かした設計も行ってきた。「三菱銀行本店ビル」(「三菱合資会社銀行部」[1922〈大正11〉年竣工]、建て替えは1980[昭和55]年)や「日本郵船ビル」(1923[大正12]年竣工、建て替えは1978[昭和53]年)建て替えの際には部材保存を行い、「東京銀行協会ビル」(1993[平成5]年竣工)設計の際には、古材を再利用してファサードの再現を試みた。「丸の内パークビルディング」(2009[平成21]年竣工)における「第1号館」の復元プロジェクトや、1920(大正9)年竣工の「日本工業倶楽部会館」を部分的に保存した「日本工業倶楽部会館・三菱UFJ 信託銀行本店ビル」(2003[平成15]年竣工)は、開発に際して積極的に歴史的建築を継承する取り組みであった。三菱地所設計は、こうした歴史的建築物の保存、復原、再現や、過去の建築を意識して次の世代の建築設計を考えることを「継承設計」と呼んでいる。継承設計において歴史的建築の価値の所在を見極めるためには、的確な検証が必要となる。各時代の建築技術や設計手法を検討するために、継続的に残されてきた同一地域の建築資料が有用であったことは、言を俟たない。自社が管理している歴史的資料の調査分析を行う古図面研究会の活動は、「継承設計」という手法の研究的背景となっていると言える。

三菱地所設計図面の新たな設計活動における活用や、教育機関などと連携した限定的な活用は、機関アーカイブズの適切かつ理想的な事例であると考えられる。これらの成果は、設計活動や建築教育を通じて、社会に還元されることとなる。還元方法には将来的にさまざまな可能性が考えられるだろうが、この度の本書出版も間違いなくその一翼を担うものである。

[5]三菱地所設計HP「連載 古図面の旅」https://www.mj-sekkei.com/library/old-drawings/

[PROFILE]

藤本 貴子ふじもと たかこ

1981年 富山県生まれ
2003年 慶應義塾大学総合政策学部卒業
2020年 東京大学大学院人文社会研究科
文化資源学専攻修士課程修了
2003─13年 磯崎新アトリエ
2013─14年 文化庁新進芸術家海外研修員として米国・欧州の建築アーカイブで研修・調査
2014─20年 文化庁国立近現代建築資料館

山崎 鯛介やさざき たいすけ

1967年 埼玉県生まれ
1990年 東京工業大学工学部建築学科卒業
1992年 同大学大学院理工学研究科(建築学専攻)修了
1992─98年 有限会社早川正夫建築設計事務所
1998─08年 東京工業大学大学院理工学研究科 助手助教
2008─13年 千葉工業大学工学部建築都市環境学科 准教授
2013─16年 東京工業大学大学院理工学研究科 准教授
2016─19年 東京工業大学環境・社会理工学院 准教授
2019─現在 東京工業大学博物館副館長・教授