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連載|ものづくりの視点

「一本の線」を引くことの大切さ

渡邉 顕彦

30年以上建物の設計をしてきた。数えたことはないが関わった建物は相当の数である。中でも、最初に担当した案件は特に記憶に残っている。目黒駅近くのマンションである。お屋敷や大使館のある緑の多い閑静な場所で、以前ある企業の役員社宅があった。敷地は非常に不整形で道路付けも悪かった。日影規制が厳しい上にできるだけ大木を多く残したので、建物は積み木の山のような複雑な形態となった。しかも容積限度一杯で日影をクリアしなければならない。まだパソコンなどない時代である。条件が複雑で、大学で学んだ手書きの図法で検討するには、気の遠くなるような作業が予想される。幸い自社開発してまもない日影プログラムがあり、それをフルに使うことにした。データ入力する機器が一台しかなかったので、迷惑にならないように夕方から数時間かけてデータを入力してバッチを飛ばした。当時のコンピュータで、計算は翌朝までかかった。結果を期待して出社するのだが、不整形なため入力座標数が多く、コンピュータの処理能力を超えてしまい何度もエラーが出た。毎日プログラムの開発者に調整してもらいトライ&エラーを繰り返した。4日後くらいにようやく規制をクリアした日影図を描くことができたと記憶している。ぎりぎりで規制をクリアしていたが、本当に結果が正しいのか皆目自信が無い。プログラムの中身はブラックボックスである。上司に出力結果を見せると、一瞥した後、規制線ぎりぎりのところに日影定規をあて、一言「大丈夫」。ものの数分でチェック終了。プロとはこういうものかと、恐れ入った。

工事が始まると、まず外装タイルの割り付けを命じられた。タイルはスクラッチの小口でとても味わいのあるものであった。半端なタイルが出ないように躯体図、開口部を充分に調整しなければならない。来る日も来る日もひたすら施工図の立面を睨み電卓をたたいた。外部の仕上げ工事が終わり、建設中の建物を包んでいた足場が取れると、全面タイル貼りの外壁が現れた。やはり非常に複雑な外壁である。しかしタイルは正確に貼られ、サッシュもきちんと納まり、当然のように出来上がっている。割り付けの苦労など微塵も感じられない。型枠、サッシュ、タイルなど様々な職人の連携と技の見事さに敬服したのは当然のことである。また、紙に描いたものが実際に建物として出来上がることを経験し、何とも言えない感動を覚えたのであった。私に限らず自分が設計した建物が初めて完成した時、同じような思いを持った人は少なくないようだ。

話は変わるが、そのころ検図や打ち合わせでは、上司からいろいろ駄目出しが出る。しかし簡単に引き下がることはできなかった。今は立場が変わり、私が駄目出しするのだが、意外とあっさり受け入れられてしまう。これは何なのだろう。考えているうちにCADに思い至った。手描きで作図していたころは1枚の図面を仕上げるのに相当な手間と時間がかかった。まずレイアウトを考え、色々思案した上でようやく線を引いた。一度描いた図面の修正は相当大変だったからである。一方、CADの導入により作図作業は格段にスピードアップした。図面の移動、同アイテムのコピー&ペーストは自由自在、修正も必要な部分だけ直せる。さらにパソコンの普及で多くのソフトが揃い、日影はおろか様々な複雑な検討も簡単にできてしまう。便利なものは大いに利用すべきである。しかしながらちょっと気になる。作図が簡単になった分、一本の線が安易になっていないだろうか。モニター上の線は実際に出来上がるモノに直結していることの意識が希薄になっていないだろうか。一本の線を引くことは相当に恐いことのはずである。

発明や発見は社会に革新的な変化をもたらしてきた。また、新たなツールは今までにできなかったことを可能にしてきた。建築の世界も同じである。世はまさにバーチャルの時代であるが、建築は極めてリアルなものである。我々の仕事の本質は今も昔も変わらない。それを忘れることなく、今こそ一本の線を大切にしなければならないと思っている。

「一本の線」を引くことの大切さ