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連載|ものづくりの視点

引き渡した建物への想い

渡邉 顕彦

ある本社ビルを設計した時のことである。建替え前の本社ビルでは、エレベーターホールや廊下のいたるところに掲示物が氾濫していた。その見苦しさもさることながら、画鋲やテープの痕で壁自体も傷んで汚れてしまっていた。そこで新社屋ではこの状態を改善するため、きちんと各階のオフィス入り口脇に掲示スペースを設けることにした。充分な広さを確保し、デザインもなかなか良い感じにできたと思っていた。

しかし、新しいビルが完成して半年も経たないうちにまったく思いもしない状況になった。しだいにポスターやお知らせが掲示スペースを無視して貼り出されようになって、ついには建替え前よりももっとひどいことになってしまった。そのころ、先方の役員の方を訪問する機会があった。話題が掲示物のことになり、クレームの一つも言われるかと思っていたが、「本当に良い設計をしてくれた。廊下の壁をスチールにしてくれたお陰で、どこでも簡単にマグネットで掲示物を貼れる。現場は大助かりで、大好評だ。」と喜んでくれたのである。実は壁をスチールパネルにしたのは、汚れにくく丈夫なものにするためで、掲示のためではなかった。意図とは別のところで評価されていたのである。

ところで、設計者というのは、携わった建物を細部にわたってコントロールしたいものである。特にアートや家具は建物の空間を決定づける非常に重要な要素だ。ここには是非とも口を出したいところであるが、建築主にとっては自分でできる、楽しいところでもある。そのため、我々のコントロールの及ばないところで決められてしまう場合も少なくない。結果、設計のイメージに合わないものが持ち込まれてしまうこともある。

かつて、自分の描いていたイメージに合わないアートや家具が入って、建物自体がなんとなく面白くなくなってしまったことがあった。まだ駆け出しのころで、相当苦労したプロジェクトであった。その割に良くできていたのだが、ロビーに入ったアートと家具がどうしても納得できなかった。それ以来ずっと自分の中ではその建物を脇に追いやってきたのだが、たまたま近くを通ることがあって、20年ぶりにこっそり訪れた。敷地の樹木は随分大きくなっていた。アプローチの植栽は丁寧に刈り込まれ、ピンコロ石のペイブメントもきちんとメンテナンスされていた。外壁のスクラッチタイルは時を経てしっとりとした趣を醸し出していた。きちんと維持されてきたことは一目で分かった。

その時は建物の中に入らなかったが、あのロビーも、きっと当時のままに維持されていることだろう。自分が手掛けた建物が20年経っても大切に使われていたことは、本当にありがたくうれしいことであった。

設計者の想定外であっても喜んで使ってもらえればありがたい。アートや家具を選ぶのも建物を想う気持ちは設計者と同じである。我々はいつまでも設計した建物に関わりたいと思うものだが、なかなかそうはいかない。それどころか、設計者以外の手が建物の可能性を広げることもあるし、模様替えや増改築によって完全に生まれ変わることもある。設計者が影響を持ち続けることが最良とも一概に言えないのである。どういう経緯を辿るにしても、自分が手掛けた建物には永く現役で活躍してもらいたい。完成後のメンテナンス次第で建物の状態も寿命もまったく違ってしまう。こればかりは設計者にはどうすることもできない。所有者が愛情を持って維持してもらうのを祈るしかない。

以前は建物の出来栄えばかりが気になっていた。最近は引き渡しの時に、いつまでも面倒を見させてもらいたいと伝えるとともに、“建物を可愛がって使ってあげてください”と必ずお願いすることにしている。

引き渡した建物への想い