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連載|ものづくりの視点

台北の都市開発に触れて

大草 徹也

今年の6月、台北101の隣に「臺北南山廣場」がオープンした。台北では「台北101」に次ぐ2番目の高さ(272m)となり、都心に新たなランドマークが出現する。クライアントは地元大手生命保険会社で、オフィス、商業、文化施設、バスターミナルからなる延べ床19万㎡の大規模複合施設である。オフィスには外資系企業が多く入居し、そのエントランスロビーには設計から建設に至るまでの過程を写真や模型で展示した無料ギャラリーと多目的ホールを併設。来春には、商業施設と超高層タワーの屋上テラスに出ることができる展望レストランがオープンし、建物全体のグランドオープンを迎える。私がこのプロジェクトに携わって最初に台湾を訪問したのは2011年末だったので、設計が始まってから7年もの年月が経ったことになる。

台北市は台湾政府の直轄市で、人口約270万人は大阪市とほぼ同規模である。街の歴史としては、市の西側に位置する台北駅周辺から開発が始まり、新宿副都心を参考にして都市計画が決められた信義区へと開発の波が移って行った。2004年には当時世界一の高さを誇った台北101が竣工し、信義区の開発が加速。現在はさらに東側に位置する、新幹線の始発駅がある南港地区へと開発エリアが広がってきている。その南港駅前で、当社は新たに南港地区へのゲートとなるコンベンション、商業、オフィス、住宅からなる延床面積約38万㎡の複合施設の設計に着手したところである。

信義区のマスタープランは1970年代に台北出身の郭茂林氏が携わり策定された。郭氏は日本で霞が関ビルや浜松町の世界貿易センタービル、池袋のサンシャイン60の計画にも参画した建築家・都市計画家で、市と協力して信義区に台北市庁舎を取り巻くコの字の歩行者アメニティ軸を設定し、歩車分離のアーバンデザインを提案した。現在でもこの歩行者軸沿いには、デパート、映画館、飲食店が建ち並んでおり、台湾で最も賑やかな地区の一つになっている。臺北南山廣場はその歩行者軸の結節点に位置しているので、都市レベルの視点から外観や施設配置、広場のデザインが決められた。本プロジェクトによりマスタープラン策定当時の理念をある程度は実現できたのではないかと思う。

臺北南山廣場は地元の最大手ゼネコンが施工を行ったが、都心の重要プロジェクトでは日本の施工会社の名前が載った工事看板をよく見かける。信義区内に限ってみても、古くは台北101に始まり、最近竣工した「台北文創ビル」(伊東豊雄設計)や「微風ショッピングセンター」、螺旋形の外観が特徴の超高級マンションなど、日本の大手ゼネコンによる建築が目白押しである。現地の建築法規は日本の建築基準法をベースに整備されており、地元ゼネコンも過去には日本の施工会社の技術協力があったそうで、日本式の施工方式が定着している。また、日本製建材の品質は現地では高く評価されており、臺北南山廣場でも、外装サッシ、外構タイル、ダブルデッキエレベーター、トイレの衛生器具に至るまで多くの日本製品が採用された。

親日の台湾では日系のコンビニや飲食店も多く、街中で日本語の看板をよく目にする。街を歩いていて特徴的なのが、騎楼(チーロウ)と呼ばれるアーケードで、新潟の商店街に見られる雪よけの雁木造にも似て、歩道沿いの建物は連続して傘をささなくても歩けるような仕組みになっていて便利だ。台湾交通部観光局・台湾観光協会の2017年の統計によると、日本を訪れた台湾人は約462万人、一方、台湾を訪れた日本人は約190万人だという。沖縄の少し先なので、週末旅行でも十分に楽しめる。まだ訪れたことのない方は、ぜひ、台湾の風土と人、そして、建築、食事、温泉を味わいに行かれることをおすすめする。年末のカウントダウンでは、台北101から打ち上げられる盛大な花火が台北の風物詩になっている。これを間近に望む臺北南山廣場で新しい年を迎えてみてはいかがだろうか。

台北の都市開発に触れて