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連載|古図面の旅

第6回 「整理図」と分類されていた図面群(抜粋)

野村 和宣

古図面研究会による図面整理もやっと大正期。大量な三菱二十一号館に1年を費やし、三菱仮本社(二十二号館)も4分の3くらいを終わろうとしたところである。「整理図」と書かれた怪しげな図面袋に目が止まった。中を開けてびっくり仰天、一号館(明治27年)から二十号館(明治44年)、仲十号館九号(大正8年)までの立面のトレース図がまとまって出てきた。これは何のために作成したものだろう。保岡勝也が去るまでの時期におおよそ一致するから彼が作ったものか、あるいは仲八号館(旧十二号館)の4階増築時(大正12年12月)の図面もあるから関東大震災後(大正12年9月頃)に整理したものであろうか。それら立面を位置に落としてみた。「仲通りを中心に左右対称」とは以前から聞いていたが、こうして見る実態は実に興味深い。その流れは曾禰達蔵が最後に手がけた六・七号館(当時保岡は部下)に始まっている。九号館(甲・乙)は2棟なのに、向かい合って建っていた1棟建ての八号館に2棟で合わせているし、十四・十五号館に至っては別の建物なのに図面が1枚なのである。仲通りの左右対称形は、曾禰の下にいたころから関わり、技師長として腕を振るった保岡勝也が仕上げた全長250mの街並み。こんなことができる設計者って他の組織にいるだろうか。そしてこの後、二十一号館でいよいよ桜井小太郎が登場する。

「整理図」と分類されていた図面群

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