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連載|古図面の旅

第21回 常盤橋アパート(昭和8年7月)[幻の東京駅前 常盤橋アパート]

住谷 覚

古図面にはアンビルドのボリュームチェック案も数多く残されている。なかでも珍しいのは東京駅周辺における住宅の検討案である。早くは明治期に、住宅兼用事務所として当初計画された第六・七号館(明治37年竣工)や、軒を連ねた小さな家が馬場先通り以南に描かれた丸ノ内南方中部建物配置案(明治32年)がある。

今回は、昭和8年(1933)の「常盤橋アパート」案を紹介する。計画地は現在開発中の常盤橋街区の一部にある。「一階平面圖」を見ると、計画地の南側に呉服橋ポンプ所(旧銭瓶ポンプ所、昭和6年竣工)と記されている。各階平面図に描かれた住戸タイプは居間・台所・寝室・浴室と寝室のみの二種類ある。共用エントランスや下足室のほか、食堂や社交室、娯楽室が計画されており、現代の社員寮としても使えそうなプランである。

しかし、居間付き住戸の目と鼻の先には、下水処理施設の呉服橋ポンプ所があった。東京駅前の一等地にふさわしい住環境とは言い難い。周辺には老朽化した木造の事務所や家屋が立ち並び、さらに関東大震災による「住宅は郊外に」という気運も高まっていたという。

この時期に一体なぜ、常盤橋アパートが検討されたのか。いつかは東京駅前に住宅を実現することを想い続けた、大先輩たちの悲願なのか。

それから29年後、丸ノ内総合改造計画と並行して進められた常盤橋地区再開発は、「常盤橋防災建築街区造成事業」として始まる。そして、当時としては東洋一の規模を持つ「日本ビルヂング」が昭和40年に誕生することになる。
またしても、東京駅周辺における住宅は幻となった。

常盤橋アパート

常盤橋アパート

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